ようこそ、川船歴史館へ
ここは、油屋町川船の歴史
を中心に書いています。
文責:酔太朗
川船のルーツ
川船のルーツについては、いろいろと言われていますが定かなものは無い様です。

「くんち」の奉納踊りとして、はじめて川船を奉納したのは船津町だろうといわれています。 昔(江戸時代)の「くんち」の絵図に船津町の川船らしきものが描かれていますが、今の川船とは全然違っていて川船の上(屋形のところで、今は紅葉等が飾られている場所)で踊りをおどっているものがあります。

おそらく、昔は今の西浜の町の龍船(じゃぶね)の様な感じではなかったかと思われます。 車輪などが描かれていないのでハッキリしませんが、おそらく船回しなどはなかったのではないでしょうか。


油屋町の川船
油屋町の川船は昭和48年(1973年)に、はじめて奉納され今回で5回目の奉納となります。
ここで、過去4回の思い出を書き出してみましょう。

昭和48年(1973年) 48年奉納写真を見る

 第1回目は、魚の町の方々に指導を頂き、囃子等を采振り・根曳きのみんなで考案して我武者らに練習をして、すばらしい奉納が出来ました。 それまで、右回しだけだった船回しを左回しも行ない、長坂の喝采をあびました。

昭和55年(1980年) 55年奉納写真を見る

 第2回目は、囃子に「根曳唄」が加わった事が最大の出来事でした。 なにか新しい事をと考える中。その昔、川船には唄が付いていた事を知り、それならばと船を踊り場に引き入れる時に唄をうたおうと言う事になり、次の唄を付けました。 根曳き唄を聞く

  船はさかまく流れを上る。 あれは油屋川船じゃ。

  錦織りなす玉帯川に。 今日も船頭の櫓がはずむ。

昭和62年(1987年) 62年奉納写真を見る

 第3回目は、川船のダシが大きく変わりました。 それまでは、「紅葉に葦(よし)」だったのですが、傘鉾の宝玉と関連するダシとなり、「楓紅葉に魚籠と網を配し薄(すすき)を添える」ものになりました。
つまり、「宝玉」=タマ、「薄(すすき)」=バナ、「魚籠」=ク、「楓紅葉」=エデ、「網の上の輪」=
これを続けていくと、タマオビカワ=「玉帯川」となります。

「玉帯川」=油屋町の横を思案橋の方へ流れている川でした。 今は、正覚寺電停の所から暗渠となり電車の線路と油屋町との間の道路の下になってしまいました。

平成7年(1995年) 07年奉納写真を見る

 第4回目は、目立った改革は無いのですが、実は大改革が有るのです。 それは、ダシの網がセラミックからビードロに変わった事です。 昭和62年(1987)は、白磁の陶製で白の大振りな網でした。それはそれで良かったのですが、割れやすいなどの欠点があった為、この年に100万円ほどかけてビードロの網を作りました。 この網は、お諏訪の踊り場で朝日をあびるとキラキラと輝き、ロウびきの潤んだ紅葉と素晴らしいコントラストを醸し出します。


油屋町川船の特徴
 川船を出す町は現在7カ町あります。 「くんち」の踊り町は7年に1度回って来ますので、毎年どこかの川船を見る事になります。

川船の動きはどこの町も同じような流れで進みます。 それは、大まかに次ぎの様なものです。

1、先曳き入場・・・
町内の小学校2年生位までの小さな子供連中が親に手を曳かれながら場内を一周します。 船の先を曳く役目です。(お母さん達の衣装にも注目です)

2、川船入場・・・・
先曳きが退くと、いよいよ川船の登場です。 神前に船を据えると囃子の奉納が有ります。

3、船頭網打ち・・・
川船には、かわいい船頭が乗っていて、網を打って魚を捕ります。 川船の第1番目の見せ場です。
船頭は、船に乗っている時は「長崎刺繍」の豪華な衣装を着ていますが、網を打つ時は肉襦袢に腰蓑の精悍な出立ちに変わります。 また、船頭が小さくて網を打てない時は網打ち船頭と呼ばれる、ちょっと大きな子供が変わって網を打ちます。

4、船回し・・・・・
川船第2番目の見せ場は、根曳きによる豪快な船回しです。 船が急流にさしかかり、波に翻弄されながら進むさまを現しているとも言われますが、囃子の調子も早いテンポに変わってクライマックスをむかえます。

船回しは、「くんち」に出る曳き物とよばれるものは、だいたい行ないますが、最初に船回しを行なったのは、川船だと言われています。

5、川船退場・・・・
「もってこ〜い」(長崎くんちのアンコール)の声がかかると船は何度も踊り場に曳き戻されて回されますが、2、3度答えると観衆に惜しまれるなか船は帰っていきます。

諏訪の踊り場から出る時は、神社の石段をゴトンゴトンと下ろすので根曳きの方や、特に船の中で演奏を続ける囃子の子供たちは揺れる楽器に四苦八苦する事になります。

さて、いよいよ「油屋町川船」の特徴にまいりましょう。

まず、最初の特徴なるものが前にも書いた「根曳き唄」です。 先曳きの退場とともにシャギリが鳴り止み、凛とした中に荘厳な唄が踊り場に響きます。

川船に唄が付いているのは東古川町と我が油屋町です。 (余談ですが、東古川町の船は網打ちの時に唄われます。)

また、油屋町の囃子は入場後、神社に挨拶する時一旦途切れますが、その後打ち始めてからは、退場するまで途切れる事はありません。

そして、いよいよ船回しに入って右に回した船を途中で正面に向けて綺麗に止めて、すぐさま左に回します(これを油屋町では「うずまき」と呼んでいます。

過去4回いろいろな改革を重ねて油屋町の川船は完成の域に達しようとしていますが、「くんち」はいつも新しい事を取り込んでいく事も特徴の一つとなっていますので、今年はどんなものが飛び出すかお楽しみに。

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